青年海外協力隊

途上国でよくある「『中国人!』と呼ばれる問題」について考えてみた

まいどおおきに!

青年海外協力隊としてサモアで活動中のネギヤン(@negiyaaaaaan)です。

村に住んでかれこれ8ヶ月。

まいにち夕方ランをしたり、クリスマスに行われた村の教会のイベントで踊ったり(踊らされたり)して、だいぶぼくのことを知ってくれている人が、村の中に増えてきました。

道行く知らない子どもや、マーケットの店番をしている、しゃべったことないおばちゃんとかも

「マロ! ヒロ! = へい!ヒロ(ぼくの愛称)!」

って声をかけてくれます。嬉しい。

でも、その一方で、いまだにこう言われることがよくあります。

「マロ! サイナ! = へい!中国人!」

ぼくは、どーーーーーしてもこれが許せません

きっと、これ、他の国でもよくあることだと思うのですが

ここサモアでの、“中国人”と呼ばれる問題について、今回は書いていきます。

中国人が嫌いなわけではない

大前提として、ぼくが「中国人が嫌いだから、そう呼ばれるのがイヤ」ってわけではありません

べつに中国人に対してマイナスなイメージももってません。

なんなら
「まあ、サモアからしたら日本も中国も近所に見えるわなぁ」
「日本の知名度低いんやなぁ」
「中国人の方が多いしなぁ」
くらいは理解してるし、わかってます。

それでも、許せない。

じゃあなぜそこまで許せないのか?
一言でいうと

  • 馬鹿にされているのが伝わってくるから
  • 1人の人として見ようとしてくれてないから

です。って、二言やん。

「へい!中国人!」はただ人を見下しているだけ

そもそも、このサモアという国では中国人のイメージがよろしくないようです。

なぜなら、中国人がサモア人の伝統的な生活スタイルを無視して、ガンガン、ビジネスを展開しているから。

サモアはキリスト国家。なので、日曜日は教会に行って安息をとる日ということで、町のお店は全て閉まります。お酒を買うこともできません。

しかし、ここ最近、サモアで中国系のスーパーが乱立し、日曜日も営業しているのを見て、伝統的な文化を踏みにじられているような感覚をもっている人が少なくないようです。

それにくわえ、サモアの人々は愛国心がすごく強い。それ自体は悪いことではないんですが、なんか、度が過ぎていると正直感じます。

たとえば

車に無数の国旗を飾ってたり、「SAMOA」って書いたTシャツや帽子を着てたり、初対面でしゃべった人はだいたい「サモアって最高だろ?」って聞いてきたり。

だって、ぼくらが日本で

車に国旗を飾って走ってたり、「日本」って書いたTシャツとか日の丸の帽子を着たりしないし、初対面の外国人に「日本はどう?」って聞くことはあっても、「日本って最高だろ?」って聞かないじゃないですか。いくら日本人は愛国心が低いといわれている、とはいえ。

彼らにとっては、サモアが無条件でナンバーワンなんです。

じぶんの国に誇りと自信をもつことはいいんですが、それがひん曲がって、他の国や外国人を下に見るとなると問題だと思うのです。中華思想みたいな感じ。

それはぼくへの声の掛け方からすごく伝わってきて

「へい!中国人!」⇦悪気がなく、ただ間違っただけ

ではなく

「へい!中国人!(笑)」

って声かけられるんですよね。この(笑)の感じ、伝わるかな?

ただ純粋に日本を知らなくて「中国人!」と呼んでいるのだったら、「いや、ぼくは日本ってところからきたヒロっていうんだよ」って説明しようという気になります。

でも、「中国人!(笑)」って言われたら、「もういいや」と、歩み寄る気にもなれないんですよね。そしてたいてい、歩み寄ってみたところで「へい!中国人!(笑)」のまま、そういう人は声をかけ続けます。いい気持ちがしません。

これが許せない理由その1。

1人の人として見ようとしてくれていないから

そもそも、名前も知らない外国人が歩いていて

「へい!◯◯(国籍)!」

っておかしくないですか?

「へい!どこからきたんだ?」

ならわかるけどさ。

小さな島国の、さらに村の地域に住んでいるから、外国人が珍しいってのもあるんでしょう。

でも、それだけじゃなくて、これには、サモア語での人の呼び方の文化が関係していると思います。

サモア人は、あまり人を名前で呼ばないのです

どういうことかというと

男の人のことは「ソリ

赤ちゃんのことは「テイネ(女の子)/タマ(男の子)」

と、いうように、名前ではなく「その人の性別や年齢によって決まっている呼び方」があり、その言葉で人のことを呼びます。

これは初対面だからってわけではなく、家族のなかでも、お母さんが自分の子どもを呼ぶときに、名前ではなく「ソリ!」って呼びます。

先生が学校で子どもを呼び止めるときも、名前じゃなくて「ソリ! 」。

日本でいうと、「そこの少年!」って呼んでいるような感じ。

家族でさえも、です。

ホストマザーが、息子や赤ちゃんのことを呼ぶときは、名前じゃなくて「ソリ」とか「テイネ」が多いです。

これが、ぼくには1人の人を人として見ていないような感じがして、8ヶ月住んだ今でも、もやもやとした違和感があります。

これが、言葉や文化のおもしろさでもあるんでしょうが、ぼくにはどうも共感できません。

「へい!中国人!」

って、ぼくのことを呼ぶのも同じで

「アジアから来たっぽい人間=中国人」

というふうに、『ぼく』のことを見ようとしてくれていない感じが、すごくすごくさみしいし、嫌。

これが2つめの理由です。

 じゃあ結局どうすればいいの?

じゃあどうすればいいのか。

ぼくが思う最善の方法は、

  • 「へい!中国人!」だったら、「いや実は、日本から来たヒロっていうんだよ」って歩み寄る
  • 「へい!中国人!(笑)」だったら、無視

です。

声のかけられ方で感じるんですよね。

好意をもって声をかけてくれているか、ただ馬鹿にしにきているだけか。

後者の場合は、自分からかかわっていっても、イライラしてしまって自分のエネルギーを浪費するだけ。やんちゃで、かまってちゃんな子どもとの関わりとおなじですね。

おわりに

途上国での旅や、青年海外協力隊での生活にはつきものの「へい!中国人!」問題について考えたことを書きました。

もちろん、冒頭に書いたように「ヒロ!」って名前で呼んでくれる人の方がさいきんは多くてうれしいんですよ。みんながみんな「サイナ!」じゃないんです。

いま、おそらくぼくは、異文化適応のW曲線でいうところの、一番深い下のところにいるんだろうなと感じています。笑

はじめはいいところばっかり見えてたサモアの、いやな部分がさいきんは目に尽きまくっています。これ書いていて、少し反省しました。

でもこれが、旅で「滞在する」のと「暮らす」こととのちがいなんでしょう。いい経験させてもらってます。

のこり1年の生活で、果たしてぼくのW曲線は上向きになるのか。乞うご期待です。

最後まで読んでくださってありがとうございました

ではまた!